「ありがとうな、ハルカ」 一瞬だけ頭が止まってしまった。 サトシは今なんて言った? ”ありがとう”? …えーっと、とりあえずこの場合、私が言うべき言葉は、 「…どういたしまして。」 そうしてようやく、頭は正常を取り戻した。 何度目か分からない坂道を登って、 何度目か分からない分かれ道を左右に分け進み、 私たちはやっと次の町が見える場所に出た。 そこは簡単な造りの遊歩道になっていて、 左右に並んでいる木の実をつけた木々がメルヘンチックで、 私はなんだかそれだけでワクワク嬉しい気持ちになった。 でも、ぼーっと上ばかり見ていたから、 少し先で待ち伏せしている”彼”に気付いたのは、 私たちメンバーの中では私が一番最後になってしまった。 「なぁ、お前、ポケモントレーナーか?」 サトシに向かって立ちはだかった彼の第一声は、これだった。 威圧するようなセリフまわし。 腕を組んで、偉そうにふんぞりかえってる。 さっきまでのウキウキ感が、一気にしぼんでいく…そんな感じがした。 突然の質問に驚きながらも、サトシは気を取り直して答える。 いつものガッツポーズも忘れずに。 「あ、あぁ。 リーグに出るため、バッジゲットの旅を続けてるん…」 「じゃぁちょうどいい。オレとバトルだ!!」 サトシが言い終わるか終わらないうちに、 せっかちな相手はいきなりバトルを始めた。 大きく弧を描いて、相手のボールが投げられる。 バシュッと飛び出したのは、サンドパンだった。 「…行ってくれるか? ピカチュウ。」 「ぴかぁっ!」 ぴょこん!とピカチュウがサトシの肩から飛び降りる。 ピカチュウとサンドパン…相性で言うと、ちょっとサトシが不利かも…。 「んじゃぁ行くぜっ!! サンド、”きりさく”!!」 へ? 「サンド」? どう見てもあのポケモンはサンドパンなんだけど…。 「ピカチュウ! ”でんこうせっか”でかわせっ!」 小さな疑問は、スピードに乗った激しい攻防戦で あっという間に記憶のかなたに消えてしまった。 それにしても、相手の戦い方… 時折、サトシのピカチュウの攻撃が上手くいくと、 「サンド、なにしてるんだ!」 「のろま! さっさと体制を立て直せ!!」と、 罵声をサンドパンに浴びせていた。 そのたびに、ググッと必死に起き上がろうとするサンドパン。 どうしよう… 今、私にできることはただ観ていることだけなのだけれど、 何もしていないのがとてももどかしい。 サトシだって、だんだんと表情が険しくなっているのが遠目からでも分かる。 きっと今にも飛び出したいのを我慢しているんだろう…。 向こうのサンドパンは、トレーナーの印象はともかく、 結構鍛えられてるみたいだった。 あのサトシのピカチュウでさえ、段々と体力が削られていってる。 ゆらり…、と、ピカチュウの足元がふらついた。 そのチャンスを狙って、相手が仕掛けてくる! 「今だサンド、”すなじごく”だーっ!!」 「なにっ!?」 ダーッと、サンドパンがピカチュウの周りをものすごい速さで駆ける! そうして起こった砂煙に、一体何が起こってるのか全く分からなくなってしまった。 どうやら、この砂を使って相手の体力を減らす技のようだけど… ってことは、ピカチュウ、大ピンチかも!? 「…ピカチュウ!!”アイアンテール”で砂を吹き飛ばせ!!!」 「…ぴーっ…か!!」 ぶわぁぁ、と風が逆流したかと思うと、 ふっ、と突然の無風状態になり、砂がパラパラと地面に降りかかる。 何事も無かったかのような静けさの中心では、 砂の山のてっぺんでちょこんと立ったピカチュウがピースサイン。 サンドパンは…ピカチュウの側で、きゅぅ、とのびていた。 「!! …この勝負、ピカチュウの勝ちっ!」 「なっ!?」 「やったぜ、ピカチュウ!!」 「ぴっぴかちゅう!!」 タケシが判決を下し、バトルは終了した。 大喜びのサトシとピカチュウ、 そして驚きを隠せない相手トレーナー… それにしてもこのバトル、一体最後はどーなったの?? そう思っていたのは私と相手だけみたいで、 マサトはすぐに状況を理解していたみたい。 「すっごーい!! サトシはピカチュウに、アイアンテールで風を止めるよう言っただけなのに、 ピカチュウのしっぽが丁度サンドパンを直撃したんだぁ!!」 「どうやらマサトの言うとおりのようだな。」 「さっすがサトシ!」 「へへへ…そうか?」 「運だけは強いね☆」 がくっ。 あははははは… サトシのずっこけで、一気に場の雰囲気はぴりぴりしたものから 和やかな雰囲気に変わった、 かのように見えたんだけど… ドゴッ! 耳をふさぎたくなるような痛々しい音で、 みんなの顔は、凍りつき、すぐにサンドパンを振り返った。 最初に動いたのはサトシだった。 血相を変えて走り出し、相手の胸ぐらを掴む。 「まてよっ!! 何してんだ!?」 「見て分からないのか? バトルに負けたから、罰を与えてんだよ。 こうやってなぁ!!」 ドゴッ!! 相手トレーナーの足が、サンドパンのお腹に食い込む。 私は恐くなって顔を手で覆ってしまった。 視界をふさいだ今、代わりに聴覚が嫌になるくらい敏感になる。 そうして聞こえてきたのは、 サトシの「やめろぉっ!」という声と、人を殴る音… 相手の怒り狂った声と、タケシが間に入って止める音… あぁもう。 目を覆っているのに、どうしてこんなにもリアルに分かっちゃうんだろう…。 悲しくて悲しくて、自分が何に対してこんなに悔しいのか分からないうちに、 その場はタケシのおかげでようやく収まった。 怒り狂った相手トレーナーは、 ぶつぶつ言いながらサンドパンをボールに戻し、さっさとどこかに行ってしまった。 ………しーん……。 誰も、何もしゃべらない。 そうじゃない、しゃべれないんだ。 突然の嵐のようだったから。 いきなりすぎて、頭はついていけない。 「……こわかったぁ…。」 ドキリ。 マサトが言った言葉は、まさしく私も同じ気持ちだった。 マサトが言ってなかったら、きっと私が言っていただろう。 「あんなヤツに恐がることなんてないよ。 …あんなヤツ…トレーナーとして最低だ。」 普段、人に対して悪口なんて滅多に言わないサトシなのに、 今日はなんだか人が変わったみたいに違ってた。 …まぁ、そりゃぁ、仕方ない、かも。 あんなポケモンの扱い方を見せ付けられちゃぁ…。 あれ? ちょ、ちょっと! 「サトシ、どこへ行くの?」 町とは反対の方向へ歩き出したサトシに、慌てて私は呼び止めようとした。 「ちょっと気晴らしにその辺歩いてくる。 みんなは先に町に行ってて。すぐに追いつくから!」 あっという間に駆け出してしまったサトシを引き止める術は、 私たちには残されていなかった。 仕方なく私はタケシを仰ぎ見る。 「その辺って…どうしよう? タケシ。」 「とは言ってもなぁ…まぁ、今は仕方がないよ。 あんなトレーナーのしたことを見た後じゃぁなぁ。 サトシの気持ちがおさまるのを待とう。」 「むぅ、サトシったら自分勝手なんだからぁ…!」 今は待つしか…ないのかなぁ…? ハルミ 050819
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