カンカンカン… 足音がやけによく響く。 ヘリと言っても、とても巨大なヘリで、階段を上に下にと歩いているため、 もう自分がどのあたりを歩いているのかサトシには見当もつかなかった。 逃げたときのために、せめてどこに何があるのか覚えようと努めたが、 1分も記憶は続かなかった。 どのくらい歩いたのだろう。 もう覚えたことすら忘れそうになりかけたとき、 前を歩いていた団員は一つのドアの前で歩みを止めた。 サトシもそれに倣う。 そして団員はガチャガチャと鍵を乱暴に開けて、 バタンとこれまた乱暴にドアをこじ開けた。 暗い部屋の中に、廊下の光が差し込む。 もぁ…と埃が舞っているのが見えて、 サトシは見ただけで咳き込みそうになった。 目が慣れてくると、その部屋は物置であることが分かった。 まばらに積み上げられた古いダンボールや、 何かのかけらなどが散らばっていた。 「入れ。」 手短にそう命令される。 予想はしていたが、いざとなると躊躇してしまう。 (喘息になりそうだな…) 埃だらけの部屋と団員の顔を見比べて、サトシは呑気にそう思った。 同時に自分には拒否権などないことも分かっていた。 もちろん入りたくない。 でも、言うことを聞かないとどうなるか分からない。 …そんなの、分かりたくもないけれど。 サトシは、認めたくなかったけれど、自分の弱さに困り果てていた。 旅に出る前は、とにかく眩しいくらいの未来の自分に、 希望ばかりを思い描いていた。 しかし、いざ飛び出してみると、もちろん楽しいこともあるが、 同時に自然の中で自力で生きていくということを 学ばなければならないと思い知った。 タケシがいてくれて、本当に自分は運が良かったんだと思っている。 そして仲間が増えて、ずっと旅をしていくうちに、 色んな事件に出遭って、自分たちで解決して、そうやって自信を付けて来た。 自分はまだ10代の子どもだけれど、 立派にこの世界の中で活躍できるんだと思った。 でも、自分はまだまだ子どもなんだ。 ポケモンたちの力を借りれば、 今、目の前にいるマグマ団員から逃げることはできるかもしれない。 でも、ここは海のはるか上空。 団員から逃げたところで、マグマ団からは逃げることなどできないのだ。 (小さいな…) 一人で立たされたときに、初めて自分の無力さに気付いた。 自分じゃ何もできないのか。 いつもの自分らしくない、ネガティブ思考がサトシを覆う。 「聞こえなかったのか? 入れと言っているんだ。」 再度、団員が命令する。 ノロノロと従おうとするサトシに、今度は別の命令が飛び出した。 「待て。 そのピカチュウは置いていけ。」 一瞬、サトシは頭の中が真っ白になった。 置いていけ? ピカチュウを置いていけだって? 今の自分が正気を保っていられるのは、 このピカチュウのお陰と言っても過言ではない。 今の自分にとって、唯一の心の拠り所。 そのピカチュウを手放したりなんかしたらオレは…!! 「いやだ!!」 マグマ団に捕らえられてから、初めて声を発したことに、サトシは気付いていない。 でも、そんなのは関係無い。 ピカチュウと離れてたまるか。 その思い一心で、サトシは思い切り叫んでいた。 「言うことを聞け!」 「絶対にいやだ!! ピカチュウをどうするつもりだ!!」 「そのピカチュウは体内に藍色の珠を所持している。 藍色の珠は我々にとって重要なものだ。 だからそのピカチュウは我々の監視下に置くのだ。 なぁに、別に獲って食うってわけじゃないさ。 まぁ、万が一、珠がなかなか体内から出てこない場合は… その時はどうなるか、私にも分からんがな。」 皮肉な低い笑い声と共にその言葉を聞いて、 サトシは体中の血がサーッと引いたような気がした。 (いけない。 ピカチュウを絶対に渡してはならない!) 冷えた頭の中で、 呪文のように、自分の声がこだまする。 「さぁ、ピカチュウをよこすんだ。」 団員の手が再び伸びてきて、サトシが身構えた、 その瞬間!! 「ぴー、かぁ、っぢゅぅ〜〜〜〜っ!!!」 ピカチュウが目を覚まし、強大な電撃を放った!! ハルミ 051016
|